カトリック・アクション同志会沿革

会則に「本会は日本司教団の信徒使徒職担当司教指導の下に内外のカトリック諸団体と密接な連携を保ちカトリック・アクションの遂行に寄与することを目的とする。」とある。

大戦終結で信仰の自由が確保され、カトリック文化運動が芽生えた頃、進駐軍家族の信徒団体や、国際的なカトリック団体から、呼び掛けもあったので、1951年(昭和26年)、元外務事務次官の吉沢清次郎氏が発起し、土井辰雄・東京大司教の承認のもとに、田中耕太郎博士(当時最高裁長官)を会長とし、本会を設立した。

田中耕太郎 初代会長 田中耕太郎
出典:現代随想全集 第27巻

当時は移民問題その他渉外関係の推進に力が置かれたほか、信者の文化的活動や出版布教に対する側面的援助などを試みた。

キリシタンに対する関心からイエズス会のロス司教が東京の札の辻の刑場跡に元和大殉教の顕彰碑を1956(昭和31年)年に建設する際に、会として尽力した。この碑は都文化財(旧跡)に指定され、その後高輪教会内に移された。また1965(昭和40年)に東京カテドラル建立の募金活動に寄与したこともある。

* 現在の取り組み *

第二バチカン公会議後、公会議の成果物を始めとした文物・考え方の誤った解釈により、典礼・神学の分野で教会の一部に混乱が生じたのは衆知の事柄である。そうした事柄を背景に、公会議が目指した典礼の本来の姿(荘厳で、聖なる、美しい典礼)を取り戻す努力を特に前面に押し出し、この二十数年取り組んで来た。

具体的には、ローマ典礼の粋とも言うべきラテン語の典文(第二バチカン公会議後に定められた、現在「通常形式」と呼ばれるものがベース)、グレゴリオ聖歌による荘厳司教ミサを、1991(平成3年)から、毎年、W・Aカルー大司教(前教皇庁大使)あるいは白柳誠一枢機卿に主司式をして頂いて、お献げし、2014年(平成26年)で第24回目になる。”荘厳司教ミサ”

また平素では、会主催で年に数回、例会を開き、会員のレベル向上に努め、各方面に通暁された講師と活発な意見交換を行っている。さらに、会員及び賛助会員向けの会報「ステラマリス」を不定期刊行し、国内外のカトリック教会の正しい情報の発信に努めている。

なお、顧問司祭は、元上智学園理事長のクラウス・ルーメル名誉教授に長年お願いしていた。その後、ピタウ大司教(S.J.)に顧問司祭をお迎えして来たが、現在は、サレジオ会ガエタノ・コンプリ神父に顧問司祭をお願いし、ご指導を仰いでいる。


哀悼 ヴェルウイルゲン神父様

ヴェルウイルゲン神父様は母国ベルギーのアントワープで6月24日、84歳で帰天された。淳心会会員。昭和30年ごろ、中央協議会総務次長として当会に入会され、その後地方に出られたが、5年前に母国に帰られるまで当会会員であられた。茗荷谷の江戸切支丹屋敷跡に昭和31年「シドッチ師記念碑」を私財で建てられた。Albert Felix VerwilghenC.I.C.M

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